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おいしいコーヒーの真実

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今さらながらこの作品、初めて観ました。
これ、ちょっとだけジブチが出てくるんですね。
知らなかった。
首都の港が映されてます。

感想ですが、率直に「なんだか腑に落ちない。」でした。

あんまりにも視点が「貧困に陥るコーヒー農家」に偏りすぎていると思う。
「ああ、こんなにもかわいそうなコーヒー農家」みたいな。
なんだかやらせみたいな取材。

フェアトレードを推奨している割にはフェアトレードの仕組みや、実際どのような貿易システムで成り立っているのかっていう肝心のところが希薄と思います。

それにフェアトレードにだって種類もあるし、ただフェアトレード商品を買えばそれでいいっていうわけでもない。
フェアトレードにだって問題点はたくさんある。
中間流通削減による企業の利潤追求のためってこともたくさんあると思う。
結局は商売ですから。
フェアトレードだから本当に農家とフェアな取引がされているという保障は100%あるわけではありません。
だから、その点についてもう少し掘り下げてくれたら内容はもっと濃かったのかな~と思いました。

だって、「子供たちに学校すら行かせてあげられない。」って言ってたけどここの人たち、子供産みすぎです。
家族計画がまったくなされていないのが大きな原因ではないでしょうか。
女性には子供を望まないという権利はない、夫が性行為を望めばそれを拒否する権利は女性にはないのです。
宗教によっては避妊や堕胎が禁止されています。

それに、「おれたちはチャット(カット)やらないがコーヒーより儲かる。」って言ってたけど、その言ってるそばから後ろの人めっちゃカット噛んでるし。
道行く人たちも思いっきりカット持ってるし。はっきり言ってカット噛まない人の方が少ないのが事実です。
それに、カットは合法だから栽培したってなんの問題もないわけです国として。

カットは高値で売買されます。
父親がカットを買うために生活費を削っているのは事実です。
パスタ一袋が60フランならカットは一束1500フランとかします。
質によって高級品であれば10000フランします。
カットがいかに生活費を占めているのか分かります。

それに、低栄養の子が増えてるって医者がインタビューされてたとこ。
その後、母親が子供を連れて診察に来ていましたが、結局入院対象ではなく、とぼとぼと帰り、「帰るしかない。」と説明されていたシーン。

低栄養じゃなくて、入院適応じゃないのは喜ぶことじゃないんでしょうか?
まるで適切な医療すら受けられていないみたいな印象を与えます。
それに病院は食事を与える場所じゃありません。必要のある人が必要な治療を受けるのが病院です。
それに低栄養といっても全ての子供が貧困のせいで低栄養になるわけではありません。
母親の知識不足だったり、他の病気があるからだったりすることも多いです。

あと、「国にお金がないから学校も病院もない。」って言ってました。
国はお金持ってます。色んな国から多額の支援が入ってます。
ただそれは政治や政治家に問題があって彼らが搾取しているため国民にそのお金がまわってこないのです。
アフリカは。

今いる国もそうです。
トップの人間ばかりが潤ってます。
この国は実はたくさんのメタルがとれるそうです。
鉱物がたくさんあるのです。それを輸出資源にすることは十分可能だけど、米軍が大統領にお金を払ってそれを採っているそうです。
こっちの人はそんな価値のある鉱物がとれるなんてほとんどの人が知りません。

そして、ジブチが登場したあたりでアフリカのほとんどの国が食糧援助を受けなければならないと説明されいました。
でも私はここの国に来て思ったのは、ここの人たちは食べ物には困っていません。
たくさんの援助や輸入品が溢れているからです。
そしてそれを当たり前だと思っているし、自分たちの国でどうにかしようという気はさらさらありません。
援助が当たり前で、それに慣れて自分たちで国を良くしようと克己する人がいないのです。
でもそれは自然なことで、なにもしなくても援助が入って生きていけるんだから自分で何かしようとは皆思いません。そして援助が入っているからこそ生きていけるのも、もちろん事実です。

だから先進国だけに問題があるわけでも決してないというか、ここの人たちにも問題はもちろんあります。

というか、ここの国の人たちの幸せの価値観と先進国の幸せの価値観が一緒じゃないってこと。
それを押しつける形の援助は本当の援助なのでしょうか。
だから先進国の人が「なんてかわいそうに!」と思ったことが、ここの人たちにはどうってことなかったりそれが当たり前だったりするわけです。
日本は働くことが自己実現で、たくさん働くことが美徳であるっていう文化的価値観があると思います。
働くことに対する向き合い方も国によって価値観も異なります。
なので、ひとつの国だけの文化や基準だけで同じように世界をみて計ることは不可能だと思うのです。
もの差しの基準が最初から違っているわけで。


募金について。
とりあえず何をしたらいいか分からないし自分にできることを少しでもしたいからといって、募金するのはただの自己満足になってしまうと思う。
大人なら、何をしたらいいか分からないのならまず調べるべきだと思う。そしてどこに募金するのかを自分自身できちんと判断することが必要だと思います。援助慣れの問題もあるなか、「とりあえず募金する。」は場合によっては無責任となってしまうかもしれません。

「なにをしたらいいか分からない」、「自分に何もできない」と思うなら、今いる自分の身近な人たちを幸せにしてあげることが大事なのかもしれません。
それさえできないことが多いのが現実ですから・・。

開発援助とは本当にジレンマだ。

なので、確かにコーヒーが公正な価格で取引されておらず、生活が困窮していることは事実なんだと思いますが、あまりに焦点がそこにしか向けられていないというか・・。
もっと色んな説明しきれない程たくさんの理由が絡まってそうなっているわけなので、ちょっと端的で観る人には偏った見解を植え付けるかもしれないなと感じました。
最も今現在コーヒーの市場価格が上がっているそうで、状況はまた少し変わっているのかもしれません。

もちろん私はエチオピアの状況を知っているわけではないし、サハラ以南のアフリカがさらに治安も悪く貧困で苦しむ人が多くて、もし私が実際その状況を知っていたら同じことが言えるかは分かりません。

また小生意気言ってすみません、いつもの戯言です。
たまにこの世の中のポイズンを吐き出したくなるのです。みんなもきっと思っていることでしょう。
でもきっとジブチに来ていなければ思わなかった独り言と思うのです。


以上。
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独り言に独り言

この独り言には共感することが多いです
僕は建設分野なので、開発という点では最も取り扱う額が大きい分野の一つであり、僕も開発は自己満足で行ってはいけないと思っています。協力するということが相手国が何を求めているのかをちゃんと認識しなくてはいけないんですが。。。
でも僕は、建設分野に携わっていたとしても、この国にどのくらい貢献しているかなんてのは完成してからしばらくしないとわからないし。それが逆に数年後には邪魔なものになっているかもしれないってね。
カホちゃんの言うとおり、無責任な援助は大変後々問題になると思います。でも無関心になることはもっとたちが悪いと思っているので、まずは関心をもつこと、そして自分たちで何をすることができるかを考えるっていうのが大事ですよね。

かいくん

そうだね~相手の国自体もきっと分からないことの方が多いだろうねぇ。
どういう援助をしてほしいのか。だから任せっきりの援助の受け方になっちゃうんだよね。そして、ひとりひとりが関心をもつってことがとても大切なことだね。
しかし建設分野はたくさんニーズがあるね、うちの国にも建設分野の学校がいくつかあるけどみんな一生懸命お勉強しております。それに日本の援助で整備された道路、ここは事故が多いからとっても事故の軽減に貢献されていると思います!

No title

しばらく忙しくてブログチェックできてなかった^^;
今、未読の分を追いかけています。近日最新号にたどり着くと思います^^;
相変わらずステキな文章、そして考え方です。
何よりも「すごい!」と思うのでは、鋭い意見を主張する一方で、その考え方が絶対ではないと自覚している所。

援助について私が思うことですが、大事なのは教育ではないかと。
箱(学校)を造るという意味ではなく、もっとソフト面、つまりは現地の教育者を育てる支援を行い、意欲と意識を持って自らや自国を自立させていくことを最終形と位置づける計画に基づく支援。
勿論これは息の長いものとなって即効性がないので、基本的なインフラ(道路と上下水道)整備と医療、そして農業指導なども同時平行的に行っていく必要はあるのでしょう。

つかささん

教育、なるほど~。
参考になります。またこの件についてもディベートしたいものです。
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