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教会巡りの編

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「この地上で良い行いをし私は私の天へ向かいたい。」


的な意味だと思うんですが正しい訳はカトリックじゃないので分かりません。


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今回、歴史的背景なんぞ全く知らないまま、やたら各地の教会巡りをしました。
あんまり観光名所を調べて行っていない(というかほとんど調べていない・・)ため、行き当たりばったりだったのですが、教会がものすごく多い。
でもこの教会を芸術として見るなら歴史的背景は必要ではないと思います。ただ見る。それでいいのではないでしょうか。見たものを自分自身の想像力でいかようにも広げることができる。それは見る人の特権。
興味が湧いたものはすぐに調べましたが。それもまた楽しい。


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ノートルダムの近くにある有名な教会。1248年に建てられたサント・シャペル。
晴れた日には日光がステンドグラスからさし込みそれはそれはキレイだそうです。
でもこの日はあいにくの雨。


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パイプオルガン。




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私はどうもキリスト教は政治的戦略要素が大きくて親しめません。
それでも「心に宗教を持たぬ者は精神の本質を持たねばならぬ。」っていうのは分かります。

人間っていうのは本質的にそういう生き物だと思っています。
無宗教の私とは違う世界を、宗教を心に持つ人は見ているわけで。

教会がすっかり観光地化されてしまっていますが、静かに神に祈りを捧げる人の邪魔はしたくないものです・・。


教会には必ず天井画なりの絵があります。
これは絵師によるものだけど、当時の絵師は「芸術家」という扱いではなく「職人」という扱いだったそうです。
この教会が作られたフランス革命以前には「自己表現」なんて概念はなく、教会・王室が求めるもの(王室の依頼の肖像がはしばしばお見合い写真代わりに使われていた)を描く職人さんだったわけです。

「自己表現」された絵には需要はなかったわけです。

ちなみに当時はフラスコ画が主流だったそうです。フラスコ画は油絵と違って重ね塗りができないので入念に下絵が描かれたそうな。
教会の天井画などは早描きのできる絵師で約7ヶ月ほどかかったそうです。

さて話はそれますが、強力な権力を持っていたイエズス会、それによる異端審問では人口が半分になってしまう町もざらだったとか。
イエズス会員が自分の気に入らない人を密告するなんてことも日常茶飯事。

王の即位など祭事の際には罪人を火あぶりにしてその即位を祝ったとか。
でも日本でもかつて江戸時代では罪人を公開処刑して、町人はそれを見物して楽しんでいた時代があったのだから、国が違えど人間のたどる歴史とはなぜこんな酷似するのだろうと考えさせられます。

きっとそれが「人間」というものだからなのでしょうか。

そういった経緯もありどうもキリスト教はなじめないのですが、それを心から信仰している人を良いように利用するのは本当にあって欲しくないものです。

そういうわけで、結論。
教会めぐりはキリスト教徒ではないので、あまり好きにはならなかった。
でも美しいものもたくさんありました。
そのうちまたヨーロッパに行くことがあれば、私の興味のある画家の描いた作品のある教会は訪れてみたいものです。


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